素人レンズ教室-その19
 
「レンズタイプ別 標準レンズの収差特性を学ぼう」
 


麗子先生 : みなさんおはよう。今日は標準レンズの収差の特徴をみんなでまとめ直してみましょう。
ジロー : いいね、いいね。
はるか : でも、そうは言っても漠然としてなかなかまとまらないわ。先生、時代を決めて、何か参照しながらのほうがいいかもしれません。
麗子先生 : そうね。じゃあ、まずはこのHPの「写真レンズの歴史」と過去の「素人レンズ教室」を参考にしてポイントをまとめましょう。
はるか : そうね、レンズの歴史のページは最近描写の特性(「レンズの味」)についても、かなり詳しく書き加えられたから、時代的にどのような
            工夫がされてレンズの性能が向上していったのか、わかりやすくなったわね。
ジロー : 最後にはダブルガウスとゾナーのレンズ特性の比較も出ているよ。
麗子先生 : じゃあ、その後はこの本のデータと見比べてみましょう。

 

はるか : 「写真サロン」の「優秀レンズはどれか」ですか。
ジロー : うわー、1956年だって。それって昭和?
麗子先生 : 昭和31年よ。まだ終戦から11年しか経っていないわ。この本を見ると、11年という短期間によくここまで光学産業が復興してきたと思うわ。
                国産の大口径レンズが目白押しで開発されていた1950年代半ばよ。
               まだ一眼レフのレンズがほとんど存在しなかった時期に販売されていた国産・海外の主要レンズを横並びで比較した貴重な本ね。
ジロー : へえ、知らなかった。
はるか : 本当にたくさんのレンズが書かれてるわね。たとえば、ズノーはf1.3の珍しいレンズまで評価されてます。

 

ジロー : 一つ一つのレンズはこんな形に書かれてるんだね。この丸や楕円はなんだ?

麗子先生 : この図はとても素晴らしいアイデアだと思うわ。「円の大きさ」で各絞りと画面位置ごとの解像力の高さがわかるし、「円の形」で各絞りと画面位置
                での画像の流れ方もわかるから、いろいろな収差の補正状況も感覚的に理解できるわね。
はるか:円が小さいと解像力が高くて、円が大きいと球面収差などでフレアが出て解像力が低下しているのね。
ジロー : そして円が楕円になればなるほど、非点収差やコマ収差で像が流れているわけだ。これは面白いぞ。

麗子先生 : じゃあ、まずはこのHPの「写真レンズの歴史」からよ。みんなはもう何度も読んだ?
ジロー : ほとんど暗記してるよ。
はるか : じゃあ、ジロー、大まかなレンズタイプの特徴をあげてみなさいよ。あの雑誌の1956年ごろに残っている35mmカメラ用標準レンズのタイプ
       だけでいいわ。

ジロー : はーい。簡単だよ。

 
(1)    トリプレット 1893 ① 3群3枚のシンプルな構成なので抜けがよい。
② レンズのパワーが強い(特に中央の凹レンズ)ので、収差補正が「急激」であり、一定以上の大口径になると
  球面収差・非点収差ともに悪化する。
   (50mmではf2.8もかなり厳しい)
③ 上記範囲内であっても、開放時の周辺部分の収差を安定させようとすると、中間画角で、球面収差・非点収差などが
  目立つ場合がある。
④ ただし、絞り込んだ状態では①の特性が寄与して、非常にクリアな画像を得られる。
(2)    テッサー 1902 ① ツァイス社の公表では、前群がウナー、後群がプロターの組み合わせによる全く新しいレンズ構成となっているが、
  収差評価的には「3枚目を新ガラスの貼り合せ色消し」に改良したトリプレットと考えたほうが理解しやすい。
② 新レンズを使用した貼り合せレンズの接合面に収斂作用を持たせ、ペッツバール和を減少させることによって、
  トリプレットの課題であった、中間画角の非点収差を大きく改善した。
③ ただし、一定以上の大口径では、トリプレット同様にメリジオナル像面とサジタル像面が急激に乖離して非点収差が
  大幅に悪化する傾向が残存し、50mmf2.8レンズの主流となるものの、それ以上の大口径レンズは作られなかった。
④ もちろん絞り込めば、トリプレット同様素晴らしい画質を示し、万能レンズと言われた。
(3)    ヘリアー・ダイナー 1900 ① トリプレットの第1群、第3群を新ガラス使用の貼り合せ色消しレンズに変更することによって、中央の凹レンズを
  除く各レンズのパワーを緩め、前後の貼り合せ面の自由度とともにペッツバール和を減少させて、中間画角帯の
  非点収差の改善を図った。
② ただ、同時に球面収差の補正に課題が残り、やわらかな描写といわれることも多い。
③ 近代ではf2.0クラスの大口径も製造されているが、球面収差の補正の関係か、周辺部のボケに2線ボケ傾向が
  強まる傾向が見られる。
(4)    ゾナー 1931 ① トリプレットを源流に持つ大口径レンズ。
② 1923年のエルノスターの開発によって、トリプレットの各レンズのパワーを緩やかにしてf2.0クラスの大口径でも
  目立った収差の発生を抑え込むことに成功し、ゾナーではそれをさらにf1.5まで拡大。
③ エルノスターの第2群と第3群の間の空気間隔を屈折率の低いガラスで埋めて、当時大きな課題であった反射面を
  少なく(8→6)した。さらにその接合面で発生した発散作用を、後群を収斂性のある貼り合せレンズに変更する
  ことによって相殺させている。
④ f2.0からf1.5にするためには、トリプレット型の持つ凹レンズの強いパワーによるf2.0より外側の大口径部分の
  後方への像面の傾きを引き戻す必要があった。
  f1.5では後群を3枚貼り合せとし、その比較的弱い収斂性のパワー追加により、バランスを取っている。
⑤ 優れたレンズである一方、非対称型の宿命である、輪帯部(中間画角付近)での球面収差・非点収差は
  対称型のダブルガウス型よりも残存する。
(5)    ダブルガウス 1888年/1895年 ① 前後対称型の代表レンズであるが、実は「純粋な」対称レンズは少なく、ツァイスが製造していた第I類レンズ以外は、
  発売されたほとんどのダブルガウスレンズは、1920年にH.W.LEEがOpicで開発したデザインを源流とした
  「変形ガウス」と言われている非対称型である。
  ただしもちろん対称型の収差特性はほとんどそのまま保持させている。
  対称型ダブルガウスの作例は(ここ)を参照。
② ダブルガウスのスタートは1888年のAlvan Clarkレンズであるが、現代のダブルガウス型レンズの直接の祖先となる
  のは1895年ツァイスのPaul Rudolphが開発したプラナーである。
③ プラナーの特徴は「レンズの歴史」にあるように、
   (a) 対称型とすることで、①歪曲収差、②倍率色収差(全色)、③コマ収差、これら3つをほぼ自動的に補正させる。
     ただし、コマ収差に関しては、サジタル面のコマについての十分な補正ができなかった。
   (b) 前群・後群各々の凸レンズと凹レンズの組み合わせ(貼り合せ含む)によって、
     ①球面収差、②軸上の色収差、を補正し、
   (c) 対称レンズ群間の距離と、レンズ材質・形状によって、像面の平坦性と非点収差の補正を行っていく。
     ただし(b)(c)などは一方を調整すれば、他方にも影響してしまう可能性が大きい。
   (d) クラークのレンズを改良し、中央の向かいあった2つのレンズを「貼り合せ」とし、そこに「Buried Surface」
     という考え方を導入。
     「Buried Surface」とは、貼り合せレンズをまず一つの色(d線)に関して全く屈折率の等しいもしくは近似のガラスを
     使用し、この色に関してはほぼ1枚のレンズと等しくしてしまう。
     他の色に関しては、多少の屈折率の差があるが、貼り合せ面の曲率を変化させつつ、他の色についても
     最良の結像をするように主に接合面の調整で補正していくというような考え方である。
④ ただし、よく知られているように、レンズ反射面が8面あることによる内面反射の影響で初期段階ではあまりぬけの良い
  画像が得られなかったことから、レンズコーティングの実用化までは、あまり注目されず、より明るいレンズを
  必要とした映画業界などを中心に活用されていた。
⑤ 大口径化に伴う球面収差補正と、輪帯部・周辺部のサジタルコマ収差は、ダブルガウス型の「宿命」といってもよい
  残存収差で、その後の同種レンズの開発はこの部分の補正に向けたさまざまな工夫の歴史といってよい。
  レンズ枚数の増加や貼り合せ分離などの方策を経て、非球面レンズの実用化によって、ダブルガウス型は一つの完成
  を見た。

ジロー : 以上で~す。
       ついでに、「各収差とレンズ口径や光線角度などの関係図」と「レンズの歴史」のプラナーとゾナーの比較表
       ももう一回載せちゃうね。


 
 
 

はるか:はい、よくできました。
麗子先生:ジロー、ご苦労様。じゃあ、これからはさっき紹介した本のデータと比べながら、1955-56年頃の実際のレンズがどのような特性を示したいたのか、
       勉強していきましょう。
ジロー:よし、やるぞ。

はるか:いま、読んでみたら、各ページの専門家の評価もとてもわかりやすいわね。ぜひクラスのみんなも古本屋さんで探してほしいわね。
ジロー:でもレンズ毎にページが分かれているので、なんとなく横断的に比較しにくいな。
はるか:そういわれれば、そうねえ。
麗子先生:じゃあ、ちょっと並べ替えて、絞り値ごとにまとめてみましょうか。
       はるかちゃん、開放からf2.0くらいまでやってくれる?

はるか:はい、やってみます。

 ・・・・・・・・・・・

はるか:できました。こんな感じで良いですか?
ジロー:おお、さすがはるかは作業が早いなあ。

 

麗子先生 : ご苦労様。見やすくなったわねえ。

はるか : じゃあ、まずf1.1-1.3の大口径開放の描写ね。
ジロー : ずいぶん円が大きいね。相当無理して作ったという感じがありありとあるね。
はるか : Zunowのf1.1とf1.3のレンズは描写の傾向がよく似ているわ。f1.3のほうがより中心に近い輪帯部で楕円になっているのは、おそらく非点収差が
       早めにでているのね。
ジロー : でもどちらも相当ソフトに写ったんだろうね。特に周辺部はボワボワだね。
       f1.1のほうはピンポン型ではない改良型なので、ピンポンはさらに過激だったに違いない。
はるか : Zunowに比べるとFujinonはしっかりしているわね。特に円の形がほとんど崩れないのは、非点収差やコマ収差がよく補正されていからね。
       もちろん円の大きさはそれないに大きいから、球面収差はまだまだという感じだけど。

麗子先生 : じゃあ、まとめるわよ。f1.1-1.3の大口径開放だと、
         ① ゾナー変形型の
Zunowは球面収差が補正しきれていないことと、輪帯部の非点収差がかなり大きく出ている。
         ② ダブルガウスとゾナー折衷型の
Fujinonは、さすがに口径の3乗に比例して大きくなる
           球面収差はかなり残されているが、
Zunowよりはかなり上位。 さらにコマ収差・非点収差はほとんど表れていない。
 
        こう見てみると、さっきのジローのレンズタイプ別の解説に近いわね。

はるか : じゃあ、次はf1.4-1.5ね。
       これも当時としてはかなりの大口径だわ。
ジロー : さっきとほとんど変わらないZunowFujinonを除くと、大きくゾナー型とダブルガウス型、そして折衷型に分かれるね。
        一目でよくわかるのはゾナー型の優秀さだね。
はるか  :そうね。特に中心部分の解像力の高さが目立つわね。これはNikkor、Canon、そして本家のSonnarすべてに共通しているし、
       どれもよく似た描写のようね。
ジロー : だからドイツ人から、「猿まね」っていわれるんだな。参った、参った。
       周辺に近づくに従って非点収差系の楕円に変わっていくところまでそっくりだ。
はるか  :ダブルガウスのSummaritは苦戦ね。球面収差も結構残っているみたいだし、輪帯部の楕円は、おそらくサジタルコマ収差なんでしょうか。
麗子先生 : このデータだけでは判断できないけれど、その可能性はあるわね。
ジロー : Topcorは折衷型だけど面白いデータね。
       中心部はあまりよくないけれど、周辺にいってもほとんど悪くなっていない。
       まさに折衷というイメージだ。ポートレートなどはきれいに映るかもしれない。
はるか : 本当ね。私まだ使ったことがないけれど、欲しいかもしれない。

麗子先生 : f1.4-1.5の描写は大体以上かな。みんながしっかり分析してくれたからまとめる必要もないわね。
         一つ言えそうなのは、この時代、ゾナー型はそれなりに大手企業も研究し実用化してきているので描写も「円熟」しつつあるように
         思えるのに対して、ダブルガウス型は、一眼レフ時代もまだ来ておらず、ゾナー型のバックフォーカスの問題もなかったので、まだまだ十分に
         研究が進んでいないような印象を受けるわ。

はるか : 私もそう感じました。1955-56年の頃って、ちょうどゾナー時代からダブルガウス時代に移る準備段階だったのかもしれませんね。
麗子先生 : みんなご苦労さま。ちょっと授業が長くなってしまったので、f2.0から先の勉強は次回にしましょう。



        次回はこの続きをやります。じゃあ今日はここまで。


 
 
 
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