素人レンズ教室-その21
 
「そもそも、5つの収差は誰が、どうやって決めたのか?」
 


ジロー : 先生、いままでいろいろな収差を勉強してきたけれど、なんで収差って「単色光が5種類」で、
      「色収差が2種類」って決まっているんですか?

 
          6種類じゃないって、誰が決めたの?

麗子先生 : あら、良いところをついてきたわね。
              これは収差の勉強の基礎的な問題なんだけど、じつはあまり一般的には十分理解されて
       語られていない場合が多いわね。

             じゃあ、色収差は別の機会にして、単色光の収差について考えてみましょう。

ジロー : よく「これは球面収差の滲みと2線ボケだ」とか、これは「非点収差のぐるぐるだ」なんて言われるけど、
      実際は一本の光は、レンズを通ったあと画面のどこか
1か所(ボケを含めて)を通過するわけでしょう。
      だったら、その
着地?した光にはありとあらゆる収差が混ざっているわけですよね。


先生 : そうよ。

ジロー : なんで、それが「球面収差」「コマ収差」「非点収差」「像面湾曲」「歪曲収差」なんて分けられるの?
           それと、なんでここに「xx収差」や「○○収差」という6つ目、7つ目の収差がないの?

 はるか : それは有名なルートヴィヒ・ザイデルさんが「そう決めた」からじゃないの?
            よく「ザイデルの5収差」とか、「ザイデルの3次収差」とか言われるじゃない。

ジロー : じゃあ、はるかはどうして「5つの収差」なのか、「3次の収差」なのか知ってるの?

はるか : ええーっと、それは、、、、、。

麗子先生 : あらあら、仕方ないわね。じゃあ、今回は先生が「とっても簡単に」説明してあげるわね。

ジロー : いよっ、待ってました。

麗子先生 : じゃあ始めに、ジローは「スネルの法則」は知っている?

ジロー : 先生、馬鹿にしないでよ。これでしょ。

               

麗子先生 : そうね。一言でいうと、光が屈折するときは、屈折前も屈折後も、光が通過する物質の屈折率と、
        入射角(対法線)のsin(サイン)の掛け算の値は 同じ数値になるということね。


ジロー : そうそう。

麗子先生 : ザイデルは、この公式を基本として実際の光線の収差を解析しようとしたのだけれど、
        sin(サイン)をsin(サイン)のままでは、とても計算が複雑になり、なおかつ係数が定まらないので、
        sin(サイン)を
「別の関数」に置き換えたのよ。

ジロー : ほう、別の関数、、、。

麗子先生 : そこで彼が使用したのが「テイラー展開」という考え方よ。
        「マクローリン展開」ともいうけれど、マクローリンはテイラーの理論を参考にしていたみたいだから、
        ここでは「テイラー展開」にするわね。


はるか : なにか難しそう。

麗子先生 : 大丈夫よ。それによると、sinθは、こうなるわ。


               

麗子先生 : ザイデルは、当時の技術でも計算可能で、かつそれなりの精度が保てるように、この式の
               
2番目の項目」まで使用したの。


ジロー : 2番目って、1/3!×θ3乗」っていうところ?

麗子先生 : そう。どの項目も奇数の階乗が分母にあって、角度(ラジアン)の奇数乗が分子にあるでしょう。
                 ザイデルはこの展開式を「2番目すなわち3次の項目」まで使用して、収差の解析をしたから、
        「
3次収差」と呼ばれるのね。


はるか : ということは、実際の光線では、5次、7次、9次という収差も含まれているということですか?

麗子先生 : そうよ。だから、レンズ設計ソフトなどで、収差ゼロと計算結果が出ていても、別に精密に収差曲線を求めてみると、
                 曲がっている場合もあるわ。


ジロー : へえ、そうなんだ。

麗子先生 : 計算途中は省略しますけれど、
ザイデルは、この3次までの展開式を使用して、sinθ=θという展開式の1次だけ
                 を使用した場合との「光線の誤差(ずれ)」を解析したのね。
        展開式の1次、sinθ=θという式は、「光軸に無限に近い光線」を示すので、「収差=ゼロ」なの。
        これと比較することによって、光軸から離れた光線の「ずれ」がどのような関数で表されるか、導き出した
の。
               
                 そう、この「誤差(ずれ)」が「収差」ね。


ジロー : 面白くなってきたぞ。ということは、次はその「ずれを表す関数」だね。

麗子先生 : みんなにもわかりやすいように、まとめ直してみたわ。これを見て。


               


ジロー : おおっ、一気にわからなくなったぞ。

           先生、ちんぷんかんぷんだよ。

麗子先生 : これが最も単純化した式なのよ。
                 落ち着いて、よく式を眺めてごらんなさい。

はるか : ちょっと待って。よく見ると
「係数」というのが、AからEまで「5つ」あるわよ。ここがヒントなんじゃない?
              それに、それ以外で登場する「変数」は、
            
①光がレンズを通過する点のレンズ中心からの径r
       ②その極座標の角度θ
③       ③そして入射光の傾きσ

      これだけだわ。

麗子先生 : さすが、はるかちゃんね。
                 実はAからEは、「球面収差」「コマ収差」「非点収差」「像面湾曲」「歪曲収差」を意味する係数なの。
                 そして径rと、角度θが表す極座標は「レンズの口径」と言い換えてもよいわね。


ジロー : 画角は?

はるか : 画角は画角よ。よりレンズに斜めに光が入ってくるほど大きくなる収差って、あったじゃない。

ジロー : なるほど。とはいっても、まだ、さっぱりわからないよ。

麗子先生 : こうすれば、わかるようになるわよ。

ジロー : どうするの?

麗子先生 : まず、BからEは全部「ゼロ」と仮定するの。
             そうすると、この式はどうなる?

はるか : ええっと、△X、△Yどちらも、式の1行目以外はなくなるから、、、
              先生、こうなりますか??

               

麗子先生:そうそう。
       そうすると、それが意味するのはこうなるわ。


               

ジロー : そうかあ、これが球面収差か。
          全て混在する収差の中から、ある前提で、「抽出」した、「一つの成分」というところだね。

はるか : 何か、食べ物の味に似てるわ。
            食べ物は一つなのに、口に入れると、舌が「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うまみ」に分けてくれる。


麗子先生 : ほんとね。

ジロー : じゃあ、次はB以外をゼロにするんだ。

麗子先生 : Bだけ残すと、式はこのように表されるわ。


               

ジロー : おおっ、第5回のコマ収差の解説で出てきた、「円の塊」のわけがやっとわかったよ。

麗子先生 : 次は少し面倒よ。
                 はるかちゃん、非点収差と、像面湾曲が兄弟だということは覚えてる??

はるか : はい、覚えています。
             像面の湾曲は斜め光線の周辺部のピントが前後にずれてボケてしまう収差ですけど、そのずれが、
             サジタル面とメリジオナル面で同一でなく乖離して「別々にずれて」いると、非点収差となって、「縦に像が流れたり(放射ボケ)、
             横に像が流れたり(ぐるぐるボケ)」する現象になるんですよね。


ジロー : そうそう。

麗子先生 : 一番初めの収差の公式を見てみると、係数Cと係数Dは、△Yの式の中では、同じ変数がかかる組み合わせとして
        表されているわね。

        だから、この場合は、係数A、B、Eをゼロと仮定して見るほうが、わかりやすくて良いわ。
        そうすると、式はこう整理されるわね。


               

はるか : こういう風に、ザイデルは定義したわけね。

ジロー : なになに、
      
①変数Cがゼロだと「非点収差の縦ずれ」、
      ②変数C+変数Dがゼロになると「非点収差の横ずれ」、
      ③そして、変数Dがゼロだと、式もきれいになって、縦も横もずれる「像面湾曲」になるわけか。


     ウーン、僕には光線のイメージ図で覚えるので精一杯だよ。

はるか : この「変数C」、「変数D」、「変数C+変数D」の値の変化を、いつもの非点収差の解説図でサジタル面とメリジオナル面の
             縦長と横長が変化していくイメージと合わせて覚えておけば良いのよ。


麗子先生 : そう、あなたたちは、それで十分。
        もともと変数A~Eだって、もっと複雑な変数の塊を、わかりやすくまとめて仮置きしているだけですから。

        さらに深いところはプロの人たちにお任せしましょう。

ジロー : ということは、残るのは歪曲収差だな。
      だんだん、見えてきたぞ。

はるか : じゃあ、ジローが解説してみせてよ。

ジロー : オッケー、任せてよ。


               

ジロー : あれれ?
      1点に収束しちゃったよ。これじゃ、収差にならないじゃない。

      何処で間違ったかなあ?

麗子先生 : 間違ってませんよ。
        そう、歪曲収差は1点に収束して良いのよ。
        問題は収束した点が集まったときに、どのような形になるかね。


               

はるか : そうか、画角の3乗に比例するということは、光線の角度なんだから、1点から出た光ではなくて、
      画像の全体形だけが歪むわけなのね。

麗子先生 : そうね。
        整理すると、

        
①球面収差は、画角にまったく関係しないので、「どの位置から来た光線も」、それがレンズ径のどの位置を通るかに
         よって、その3乗に比例してどんどん大きくずれていく。だから、大口径標準レンズではなかなか完璧に補正できない。

        ②コマ収差は、画角の1乗と、径の2乗の掛け算で変化する。だから「画角=ゼロ」では発生しない。
         ただし、光線に角度があると、それに比例して大きくなるし、レンズ径の周辺に行けば、その2乗で大きくずれてくる。

        ③非点収差と像面湾曲は、画角の2乗と、径の掛け算で変化する。だから、これも「画角=ゼロ」では発生しない。
         ただし、光線に角度があると、その2乗で大きくずれるし、レンズ径の周辺でもそれに比例して大きくなる。

        ④歪曲収差は、画角の3乗で比例する。レンズ径には関係しないので、一本の光線自体は「1点に収束」する。
         ただし、画角が大きくなるにつれて、その3乗でどんどん結像点自体が、本来の理想点から、動いていき、
         結果として、樽型や、糸巻き型になる。


        こういうことになりますね。
        みんな、わかったかな?

みんな : はーい。

麗子先生 : じゃあ、今日はこれでおわりにします。 

 
 
 参考文献
 ・「写真レンズの基礎と発展」 小倉敏布著
 ・「レンズ設計のすべて」 辻定彦著
 ・「光学設計ノーツ」 牛山善太著
 ・サイバネット 光学講座
 ・Wikipedia
 
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