素人レンズ教室-その11 キノ・プラズマート研究レポート (1) |
先生 : 皆さん、おはよう。 みんな : おはようございます。 先生 : さあ、出席を取りますよ。はるかちゃん。 はるか : は~い。 先生 : 今日もいいお返事ね。次、ジローくん。 ジロー : お~い。 先生 : はい。あれっ? ジロー、あんた何処かに行ってなかったっけ? ジロー : 先生、ずっといますよ。朝からなにぼけてんですか? 先生 : 変ねえ、昔のドイツとか行ってなかった?夢でも見たのかしら。 今あんたの名前呼んだら、突然そう思ったのよ。 はるか : 先生、私もです。熱でもあるのかなあ? ジロー : やだなあ、先生も、はるかもどうかしちゃったんじゃないの? どうして僕が昔のドイツに行けるんだい。わかった、二人ともTVゲームのやりすぎ、やりすぎ。 もう、エッチのやりすぎより始末に悪いんだから。 (ジロー、先生に頭をひっぱたかれる) 先生 : なに、ませたこと言っているの。さあ、授業始めるわよ。 |
先生 : 今日からの授業は、数回に分けて、あの有名なキノ・プラズマートについて勉強しますからね。 実習もあるからね。 ところではるかちゃん、キノ・プラズマートは誰が設計したのかは勿論知っているわよね。 はるか : Hugo MeyerのRudolph博士です。 先生、この会社、正確にはどう発音するんですか? 先生 : ドイツの会社だから、本当はフーゴ・マイヤーだわね。 でも日本ではヒューゴ・メイヤーと言われることが多いようね。プラズマートもそうね。 一度ドイツ人に発音してもらったことがあったけど、プラズマットとプラズマートのどちらにも取れる様な、 伸ばしながら撥ねるみたいな発音だったわ。 はるか : 私は言いやすいから、ヒューゴ・メイヤーのキノ・プラズマートのままにしておこうっと。 先生 : じゃあ、本題に入るわよ。ジロー、キノ・プラズマートの特徴を挙げてくれる? ジロー : ええっと、まず始めは「ぐるぐるボケ」でしょ。 それから「真ん中でも滲む」、それに「絞ると急にシャープになる」、 そして「レンズの内側で凹レンズ同士が向かい合っている」、最後に「値段が高い」。 先生 : はい、ジローの言う通りね。 じゃあ、はるかちゃん、キノ・プラズマートは全部で何種類あったか、挙げてみてくれる? はるか : はい、まず開放値は「f1.5とf2.0」の2種類です。焦点距離は、、よく分かりません。 先生 : そうね、焦点距離は、実際沢山あるし、更にヨーロッパとアメリカでインチとセンチが混在するから もっと混乱するわね。とりあえず挙げてみると、 f1.5のレンズが 「①9mm,②12.5mm,③15mm,④16mm,⑤3/4inch(19mm),⑥20mm,⑦7/8inch(22mm),⑧25mm,⑨35mm, ⑩1+5/8inch(41mm),⑪42mm,⑫50mm,⑬75mm,⑭90mm」などがあるわね。全部で14種類かしら。 19mmと20mm、41mmと42mmの違いは表記だけかもしれないわね。 f2.0のほうは「①22mm,②35mm,③42mm,④50mm,⑤60mm,⑥75mm,⑦90mm,⑧100mm,⑨125mm」の9種類があるようね。 ジロー : そんなにあるんだ。聞いたことも無いような焦点距離もあるんだね。 先生 : 実際はもっとあるかもしれないわ。 でもこのレンズも特許を取得したときは焦点距離は「1種類」だけなのよ。 でもレンズの設計は「3種類」もあったのよ。 はるか : そうなんだ。ぜんぜん知りませんでした。 先生 : じゃあ、早速ドイツでの特許をみんなに見せるわね。 |
はるか : 本当に3種類の設計が載っているわ。普段目にする形は3番目のものね。 ジロー : 先生これってドイツ語じゃない。 先生 : 当たり前でしょ。ドイツの特許なんだから。 ジロー : そんなこと言って、先生読めるの?僕が手伝ってあげようか? 先生 : なに、知ったかぶりしているの。その前に、こっちの方から見てみるわよ。 |
先生 : これは、発売当時のキノ・プラズマートの広告ね。大阪の姉妹校にいる「ジオくん」が送ってくれたものよ。 当時の宣伝を見ると、一体この会社がなにを売り物にこのレンズを製造したかがわかるわ。 じゃあ、一行ずつ、ちょっと見てみましょうか。 |
Meyer Kino-Plasmat f:1.5 Die ultra-lichtstarke Optik fuer Kinoaufnahme. 映画撮影のための超大口径レンズ。 Das Objektiv fuer den modernen Operateur. 現代のカメラマンのためのレンズ。 Lichtstaerkstes Kleinbild-Photo-Objektiv (Sonder-Prospekte auf Verlangen) 小型写真用レンズで最も明るい。 (請求ベースで特別なパンフレット) Spezialoptik fuer Nachtaufnahmen und Innenaufnahme bei kuenstlichem Lichte. 夜間撮影写真と、人工光の室内撮影のための特別なレンズ、 Der Kino-Plasmat laesst sich an alle gangbaren Kinoaufnahme-Apparate anpassen. Kino-Plasmatはすべての映画撮影機材に適合する。 Wie der den Amateuren und Berufsphotographen schon bekannte Doppel-Plasmat 1:4 und 1:5.5 ein sphaerochromatisch korrigierter Anastigmat ist, so erhebt darauf auch der Kino-Plasmat Anspruch. 既にアマチュアおよび職業カメラマンには球面色収差が補正されたアナスティグマートのダブル・プラズマート1:4および1:5.5が支持されているが、そこにこのKino-Plasmatが名乗りをあげた。 Die mit ihm aufgenommenen Bilder zeigen gegen aeltereAnastigmate, die nachweislich mit merklicher sphaerochromatischer Differenz behaftet sind, erhoehte Plastik, lebendigere Zeichnung mit kraeftigerer Linienfuehrung. このKino-Plasmatで撮影された画像は、それ以前のアナスティグマートと比べて、著しい球面色収差の差が明白であるとともに、高度な表現力、より力強い直線表現を持った生き生きとした描写が得られる。 Ueber- und Unterexpositionen sind weniger verderblich. 露出オーバー、露出アンダーに対しても、あまり画像が悪化しない。 Trotz seiner ueberraschend grossen Lichtstaerke, die der Kino-Plasmat infolge seiner ausserordentlichen Oeffnung f:1.5 bzw. F:2 besitzt, gibt er feinste Schaerfenzeichnung, wie sie fuer starke Projektionsvergroesserung verlangt wird. このKino-Plasmatは、f1.5あるいはf2.0という驚くべき明るさにもかかわらず、映画投影の非常に大きな拡大に対しても、最も優れた先鋭さを与えてくれる。 Die Vorteile, welche das neue Objektiv bietet, sind deshalb sehr vielseitig: それゆえ、この新しいレンズが提供する利点はまさに非常に多目的、用途が広いことである Die hohe Lichtstaerke ermoeglicht Einsparung an Beleuchtung; der Kino-Operateur hat leichteres Arbeiten, da er kuerzer belichten kann und mit groesserer Sicherheit gutgedeckte Negative erhaelt. このレンズの明るさは照明装置の節約に繋がり、短い露出時間で信頼性の高いネガが得られるため、映画撮影者の働きやすさを増加させる。 Die mit dem Kino-Plasmat aufgenommenen Filme wirken kuenstlerischer und mit grossere Lebenswahrheit; sie sind ein Zugmittel fuer das anspruchsvolle Publikum. Kino-Plasmatで撮影されたフィルムは、大きな生命の真理を伴った芸術性を表してくれるため、口うるさい公衆のための表現手段であるといえる。 Dieses Objektiv wird wegen seiner spezifischen Eigenschaften auch neuen Anreiz fuer die Kinematographie in natuerlichen Farben geben. このレンズはその特性のために、自然の色彩における映画撮影法に、また新しい刺激を与えるであろう。 In der Kleinbild-Photographe(Kameras im Format 24x36mm) leistet der Kino-Plasmat 1:1.5 infolge seiner Ultra-Lichtstaerke ebenfalls ausgezeichnete Dienste, so vor allem auch in der neuzeitlichen kleinbild-Farbenphotograpie(Leica). このKino-Plasmat1:1.5レンズは、その超大口径によって、最新の小型カラー写真(ライカ)も含む、全ての小型写真(フォーマット24x36mmのカメラ)の分野において、優れた役割を果たすであろう。 Sonderprospekt hierueber auf Wunsch. 特別パンフレットあり(請求ベースで) |
ジロー : ふむふむ、、、、一言で言うとなんて言っているの? はるか : もう、何も分かってないんだから。 先生、名前のKinoの通り、「映画用」ということがかなり強調されてますね。 先生 : そうね。 だから現在でも市場で見られるこのレンズはほとんどが映画用レンズの改造品なのね。 勿論35mmカメラ、特にライカ用には実際製造されているし、宣伝文句にも35mm版や、ライカの名前まで出てきているわね。 この宣伝パンフレットはライカ2型時代(1932~)のもののようよ。 ジロー : それよりも、やたらに登場することは「明るい」「超大口径」だよ。 先生 : ジローの言うとおり、このレンズの性能上の「売り」は、ここまで「大口径なのにも関わらず先鋭な画像が得られる」 ということに尽きるわね。 はるか : このレンズは当時そんなに明るいレンズだったのですか? 先生 : Kino-Plasmatが最初に設計されたのは「1922年」といわれているわ。 その次の年「1923年」にベルテレ博士がエルノスターを設計しているわね。 Kino-Plasmatも特許申請当時は焦点距離が100mmで、F値がf2.5、f2.0、f1.7の3種類だったから、ベルテレ博士は もしかするとこの大先輩の発明にかなり刺激されたのかもしれないわね。 いずれにせよ、実際に発売された時にはKino-Plasmatはf1.5にまで改良されていたわけね。 Schneider社がXenon50mmf1.5をLeitz社に提供を始めるのが「1936年」、ベルテレ博士のゾナー50mmf1.5の発明が「1931年」だから、 Kino-Plasmatがf1.5を実際に発売したということは、当時としてはある意味「画期的かつ無謀」なことだったかもしれないわね。 ジロー : だから収差も補正しきれなかったのかあ、、、、。 はるか : また知ったかぶりする。 先生 : じゃあ、実際のKino-Plasmatのデータを使って、設計時点ではどんなレンズの性能だったのかをシミュレーションしてみましょうね。 ジロー、お得意の「OPT98」の登場よ。 |
ジロー : OK、OK。僕に任せれば全て安心、、と。じゃあ、どのデータから行きますか? 先生 : そうね。やはり最初は実際に販売されている設計である「3番目」からいきましょう。 はるか : どんなシミュレーション結果が出るか、楽しみだわ。 ジロー : このBeispiel IIIというレンズ設計だね。さて、データを入れて。 |
ジロー : こんなデータになるよ。ガラスはぴったりのデータがないから、最も近い数値のものを入れた。 |
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ジロー : 次は、近軸データを計算して、「焦点距離」や「f値」を出すよ。 |
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ジロー : 焦点距離は「100mm」だね。f値は「1.89」だから、ルドルフ博士の計算より少し明るいようだね。 バックフォーカスは約70mmあるから、使い勝手の良いレンズになると思うよ。 先生 : ちょっとはるかちゃん、なんかジローがとても大人みたいに見えてきたわ。 はるか : 本当ですね。でも中身はきっと変わってないですよ。私にはわかるんです。 先生 : そう、そうね。 ジロー : じゃあ、図を描くよ。 |
はるか : 凄い! レンズの形も本物そっくりだし、光線もぴったりと焦点に行っているわ。 ルドルフ博士も凄いけど、ジローも凄い。 先生 : ジロー、上達したわね。 右側の拡大図を見ると、「周辺部の外側」から来る光が結構暴れていそうね。解析が楽しみだわ。 ジロー : じゃあ、「球面収差」行きますよ。 |
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先生 : 派手な球面収差ねえ。中心部はまあまあだけど、中間部で不足傾向が強まって、周辺部は思いっきり過剰補正に振れてるわ。 これではかなり強い滲みが出ても仕方ないかもしれないわね。 でも、レンズデータも完璧に正確じゃないし、色収差はあまりないから、正直言って「思っていたより良い結果」だと思うわ。 SIN条件線とはかなり離れているので、コマ収差はかなり強そうね。 ジロー : じゃあ、そのコマ収差行って見ます。 |
はるか : わあ、へんな収差曲線ねえ。右側(上光線)が切れちゃってるわ。 グラフの線だけ見ると左下に大きくカーブしている(下光線が下に外れる)から、内側に広がる「内向性コマ収差」 のようにも見えるけど、右側の線は急激に上昇しているし、線が切れている部分が計りきれないくらい大きい数値だ とすると、外に広がる「外向性」が勝っているかもしれない。 先生 : そうね、これは難しいわね。どちらにしても形も不規則ね、きっと。 ジロー : さて、いよいよ、お待ちかねの非点収差だよ。 |
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ジロー : ワォー! はるか : うわぁ。 先生 : あら、まあ。 はるか : 凄いカーブですね。サジタル面とメディオナル面がこんなに開いたグラフって、見たことないです。 これじゃあ、「ぐるぐる」になるに、、、、、。 先生 : だめよ、はるかちゃん。ちゃんと冷静に見ましょう。 まず、「像面の湾曲」。これはサジタルとメリディオナルの中間線だから、レンズ外周に向かうにしたがって、 「前面に傾いて」きてますね。周辺部のピントがかなり甘くなるということだけど、最外周でも双方が打ち消しあって いるから、それほど極端にはならないわね。むしろ最外周では真ん中かも(笑)。 非点収差はレンズ半径の真ん中くらいから外側は、かなり「激しい画像の流れ」となっていそう。 2つの面が大幅に傾いているので、「ぐるぐる」か「放射状」のボケになるかは、シミュレーションしないとわからないわ。 ジロー、次にスポット・ダイヤグラムを出してくれる。 ジロー : らじゃー。 |
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先生 : 現代のレンズでは考えられないくらい暴れているわね。 ピント面だと、中間角度では「横への非点収差」が強くて、さらに外側では「縦に流れて」いるわね。 コマ収差は内側に広がる「内向性」が強いみたいね。 はるか : これって、ボケが「放射状」になるということですか? 先生 : まだ、決めるには早いわよ。 ジロー、このダイヤグラムの「像距離」を前と後に少し変化させて、同じようにスポット・ダイヤグラムを出してくれる? ジロー : それって、どういうこと? 先生 : いい? 「後ろボケ」は、ピントを合わせている物体よりもさらに後ろにあるものがボケるわけだから、そのものから出る光線は、 「ピント面よりも手前に焦点」を結んでいるのよ。 だから、そのもののボケを見たいなら、像距離を後ろにして、手前にピントがあるということをシミュレーションしてあげれば良いのね。 「前ボケ」はその反対になるわ。 ジロー : な~るへそ。どんなダイヤグラムが出るかな |
像位置手前に(前ボケを想定)![]() |
像位置を後ろに(後ろボケを想定)![]() |
ジロー : やったー!!!! Kino-Plasmatだ!!! はるか : ジロー、凄いわ。 先生 : まさしくKino-Plasmatの後ろボケが再現出来たわね。 でも、レンズの性能としては「決して威張れないわ」。 なぜ、ルドルフ博士と、ヒューゴ・メイヤー社がこのレンズを製造したかといことを考えるには、もっともっと 想像力が必要かもしれないわね。 みんな、ご苦労様。今日はこれで終わりにするわね。 |
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